東京高等裁判所 平成11年(ネ)6268号 判決
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人らは、控訴人に対し、別紙物件目録二記載の土地につき、昭和四九年一〇月二二日付け時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
主文同旨
第二 事案の概要
本件は、別紙物件目録三記載の土地(以下「本件買受地」という。)及び土地上の建物(以下「本件建物」という。)を買い受けた控訴人が、その一部に本件建物がはみ出して建てられていた同目録二記載の土地(以下「本件土地」という。)を、所有の意思をもって二〇年間占有したことにより時効取得したと主張して、本件土地を含む同目録一記載の土地(以下「本件隣接地」という。)の所有者であった木村盛三郎(以下「盛三郎」という。)の相続人である被控訴人らに対し、時効取得を原因とする所有権移転登記手続を求めた事案である。
一 争いのない事実又は裁判所に顕著な事実
1 控訴人は、昭和四九年一〇月二二日、丸山勇吉(以下「丸山」という。)から、本件買受地及び本件建物を買い受けて引渡しを受けたところ(以下この契約を「本件売買契約」という。)、本件建物は、本件土地の一部にはみ出して建てられていた。
2 本件土地は、本件隣接地の一部であり、本件隣接地の所有者は盛三郎であった。
3 盛三郎は、昭和六〇年二月二〇日に死亡した。被控訴人らは、盛三郎の相続人である。
4 控訴人は、盛三郎の生前から平成二年ころまで、盛三郎(同人の死亡後は被控訴人木村光一{以下「被控訴人光一」という。})に対し、お歳暮やお中元を贈っていた。
5 控訴人は、平成八年七月一四日ころ、被控訴人光一に対し、本件建物を建て替えたいので境界確認に立ち会って欲しい旨を連絡した。そこで、同月一七日、控訴人の長男鈴木正浩(以下「正浩」という。)、被控訴人光一、隣地所有者らが立ち会い、三原調査測量事務所の三原栄一(以下「三原」という。)が測量を行った。この測量により、本件建物が本件隣接地に入り込んでいる面積は約七坪であることが明らかになり、正浩は、被控訴人光一に対し、その分を売って欲しいと述べたが、結局、売買でなく交換の話が進み、それを前提とした測量が行われた。右測量の結果、相互に交換する土地の面積を8.54平方メートル(2.58坪)とする案が出され、それに基づいて更に行われた測量の結果を記載した測量図(乙二)及び実測平面図(乙三)が作成され、境界を従来のくの字形から直線にすることが確認され、想定された新たな境界と道路(県道)との交点に鋲も打たれた。
6 正浩は、平成八年八月四日、被控訴人光一に対し、電話で本件隣接地の登記名義人が盛三郎になっている旨を指摘した。そこで、被控訴人光一は、登記簿謄本でそのことを確認した上、同月九日ころ、正浩に対し、電話で盛三郎の遺産相続がまだ済んでおらず解決には時間を要する旨を伝えたが、その後、右交換の話は立ち消えになった。
7 控訴人は、平成八年一一月一一日、本件訴訟を提起し、その第一回口頭弁論期日(平成九年一月二三日)において、本件土地につき取得時効を援用した。
二 争点に関する当事者の主張
1 控訴人は、本件土地を二〇年間占有していたか。
(一) 控訴人
別紙図面のイ点とロ点を結んだ直線上には、本件売買契約よりも前から石(以下「本件石列」という。)が並べられていたところ、丸山は、控訴人に対し、本件買受地の北側は本件石列までであり本件土地を含む全体が本件買受地であると説明した上で、これを引き渡したものであり、控訴人は、昭和四九年一〇月二二日以来、本件土地を占有している。
(二) 被控訴人ら
(1) 本件石列は、本件隣接地の一部を賃借していた木村ひろが軒下に野菜を作るため便宜的に石を並べたにすぎないものであるから、境界を示すものではないし、それが控訴人の主張する位置にあるか否かも明確でない。したがって、控訴人は、本件売買契約に際し、本件石列までの部分が本件買受地であるとの説明を受けたはずはないし、本件土地までも本件買受地として引渡しを受けたということはあり得ない。
(2) 本件土地の北側約1.6メートルは、本件売買契約以前から上村ひで(以下「上村」という。)らが通路として利用していた。したがって、その部分に控訴人の排他的な占有が及ぶというためには、通路の用途を廃止するような変更が加えられ、かつ、その状態を続けなければならないが、上村らは右の部分を通路として使用し続け、通路の外観も保たれていたのであるから、右の部分に控訴人の占有はない。
2 控訴人の本件土地の占有は、所有の意思に基づくものであったか。
(一) 被控訴人ら
控訴人は、以下のとおり、盛三郎が本件土地の所有者であることを前提に行動していたから、所有の意思をもって本件土地を占有してはいなかったというべきである。
(1) 盛三郎は、生前、控訴人に対し、本件建物が本件隣接地にはみ出して建っていることを指摘し、控訴人からそのことについての確認を得ていた。
(2) 被控訴人光一は、控訴人の妻の鈴木一枝(以下「一枝」という。平成八年五月一一日死亡)に本件建物が本件隣接地にはみ出して建っていることを指摘したが、その際、一枝は、本件土地は盛三郎の所有地であることを認めた上で、被控訴人光一に対し、本件土地を売るか貸すかして欲しいと述べた。
(3) 控訴人は、前記一4のとおり、盛三郎に対し、毎年お歳暮等を贈っていたが、本件土地の使用を除き、盛三郎が控訴人からこのような贈答を受ける理由はないから、これも本件土地に対する盛三郎の所有権を認識した控訴人の承認に当たる。
(二) 控訴人
(1) 控訴人は、本件売買契約後、本件買受地の一部であると信じて本件土地を占有していたのであるから、所有の意思を有していたことは明らかである。また、控訴人は、後記平成八年の測量以前、盛三郎や被控訴人光一から本件建物が本件隣接地にはみ出している旨の指摘を受けたことはなかった。
(2) 一枝が被控訴人光一に対し、売るか貸すかして欲しいと言っていたとすれば、それは本件土地のことではなく、控訴人が本件建物と合わせて使用していた本件買受地の東側の盛三郎の所有地上に建っていた小屋の敷地のことである。
(3) 一枝は、前記一4のように、盛三郎にお歳暮等を贈っていたようであるが、これらの贈答は、「油一缶」、「醤油缶」など世間において気軽に行われているものであり、これらの贈答行為に過剰な意味づけをすることは相当でない。なお、一枝は、前記(2)の小屋の敷地を無償で使用していたことを被控訴人光一に指摘されていたことを気にして、毎年お歳暮等を盛三郎に贈っていたようであるが、いずれにしても、本件土地を使用していた謝礼の意味から、右のお歳暮等を贈っていたわけではない。
3 控訴人は、時効期間経過中に盛三郎が本件土地の所有者であることを承認したか(時効中断事由の有無)。
(一) 被控訴人ら
前記2(一)のとおり、控訴人及び一枝は、盛三郎に対し、本件建物が本件隣接地にはみ出して建っていることを認めていたし、本件土地を使用していることの謝礼等の趣旨で盛三郎にお歳暮等を贈っていたから、盛三郎が本件土地の所有者であることを承認していたものである。したがって、本件土地の取得時効は中断されたというべきである。
(二) 控訴人
控訴人は、本件土地が盛三郎の所有であることを認めたことはないし、前記2(二)(2)(3)のとおり、一枝の発言及び盛三郎にお歳暮等を贈っていたことは、本件土地の使用と無関係である。したがって、本件土地の取得時効は中断されていない。
4 控訴人は、時効期間経過後、本件土地が被控訴人らの所有であることを認めたか(時効利益の放棄)。
(一) 被控訴人ら
控訴人は、前記一5のとおり、時効期間経過後である平成八年七月一四日ころ、本件土地の所有者が被控訴人らであることを認めた上で、本件土地の売却を積極的に申し入れ、交換のための測量、交渉を行ったものであるから、本件土地の取得時効の利益を放棄したというべきである。
(二) 控訴人
控訴人は、本件土地を自己所有地と認識してきたが、本件建物を建て替えるために三原に測量を依頼したところ、公図を前提とすると、本件土地は本件隣接地の一部であり、建築予定建物が本件土地に入り込む形になることが分かった。そして、融資を申し込んでいた利根郡信用金庫にも、本件土地を問題にされ、境界に問題がある土地では融資できないと言われたことから、控訴人は、三原のアドバイスに従い、融資を受ける必要上、前記一5のような申入れ及び交渉をしてきたにすぎない。したがって、控訴人の行為は、時効利益の放棄に当たらない。
なお、仮に時効利益の放棄に当たるとしても、それは被控訴人光一に本件土地の処分権限があるものと誤信してした意思表示であるから、錯誤に基づくものであり無効である。
5 控訴人は、信義則上時効援用権を喪失したといえるか。控訴人の取得時効の援用は、権利の濫用に当たるか。
(一) 被控訴人ら
被控訴人らは、前記一5のとおり、控訴人から申し出を受けたため、交換の話を進め、数度の測量や関係者の立ち会いを経て実質的な成案を得たが、控訴人は、それにもかかわらず、被控訴人光一から他の被控訴人らの同意を得るまで交渉を留保するようにとの申し出を受けるや、突然本件訴訟を提起し、取得時効を援用するに至ったものである。かかる控訴人の行為は信義則に反するといわざるを得ないから、控訴人は時効援用権を喪失したと解すべきである。そうでなくとも、控訴人は、被控訴人らが本件土地の所有権を有することを前提とした行動をしてきたのであるから、控訴人の時効の援用は、権利の濫用に当たり許されない。
(二) 控訴人
控訴人は、前記一5のとおり、被控訴人光一と、交換を前提に交渉を重ね、測量もしたが、もともとの交換の話は、建替えを急ぐ控訴人が被控訴人光一の要求をやむなくそのまま飲んだものにすぎない。結局、被控訴人光一に本件土地の処分権限はなく、他の被控訴人らの委任を受けていなかったことが明らかになり、被控訴人光一も控訴人に対し、電話で交換の話はなかったことにしてくれと言ったことから、交渉は成案に至らず白紙に戻ったものである。その後、控訴人は、建替えを行うため本件訴訟を提起し、本件土地につき取得時効を援用したのであって、信義則違反ないし権利の濫用と認められるような事情は一切見当たらない。
第三 当裁判所の判断
当裁判所は、本件全資料を検討した結果、控訴人は本件土地を時効取得したと解すべきであるから、被控訴人らに対し、本件土地につき昭和四九年一〇月二二日付け時効取得を原因とする所有権移転登記手続をするよう命じるのが相当であると判断する。その理由は、以下のとおりである。
一 争点1について
1 本件建物が本件土地の一部にはみ出して建てられていたことは前記第二、一1のとおりであるところ、証拠(甲三の1ないし12、四の1ないし3、乙三、一一、控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、本件売買契約の際、本件買受地及び本件隣接地の公図を見ていなかったこと、本件土地の北側(別紙図面及び実測平面図のイ点とロ点を結んだ直線に沿った部分)には本件石列が存すること(右実測平面図の基点になっている消火{栓甲三の3ないし5}から見たイ点とロ点の位置によれば、ほぼこれに沿って本件石列が存することが認められる。)、その南側に人の通行が可能な通路状の土地があり本件建物が建っていること、外見上、本件石列は本件買受地と本件隣接地の境界を画しており、右の通路上の土地は本件建物の周囲の敷地として利用されていることなどの事実を認めることができる。以上の事実を総合すると、控訴人は、本件土地は本件建物の敷地で本件買受地の一部であると信じ、本件買受地の引渡しを受けた昭和四九年一〇月二二日から二〇年間、本件土地を占有してきたと推認するのが相当である。
2 これに対し、被控訴人らは、本件土地の北側約1.6メートルは、本件売買契約以前から上村らが通路として使用しており、外観上も通路であったから、右の部分に控訴人の占有はないと主張しており、証拠(甲三の1ないし12、乙三ないし六、一一、証人木村弘、被控訴人光一本人)によれば、上村は、別紙公図の四八五―二の土地上の建物に居住し、同四九一(本件買受地)と四八三―一(本件隣接地)の間にある通路上の土地、すなわち、控訴人が主張する本件土地の北側約1.6メートルの部分を通って県道との出入りをしており、民生委員である木村弘も右の部分を通って上村を訪れたこと、本件隣接地に居住している木村ひろも右の部分を通行していたことが認められる。
しかしながら、証拠(甲三の1ないし12、控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、右の通路状の土地は、本件建物の周囲に存し、控訴人がその敷地として利用しており、上村など限られた一部の者が県道との出入りのため右の土地を事実上通行することがあったとしても、一般第三者のための通路として開設されていたわけではなかったことが認められる。そうすると、控訴人は、本件建物の敷地として本件土地の北側約1.6メートルの土地を占有していたと解するのが相当であり、右の土地を上村など限られた一部の者が事実上通行していたという事実によって、控訴人の占有を否定することはできないというべきである。
二 争点2について
1 民法一八六条一項は、占有者は所有の意思をもって占有するものと推定しているから、占有者の占有が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は、右占有が所有の意思のない占有に当たることについての立証責任を負うと解するのが相当である(最高裁昭和五四年七月三一日第三小法廷判決・裁判集民事一二七号三一五頁参照)。ここでいう所有の意思の有無は、占有者の内心の意思によってではなく、占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものであるから、占有者の内心の意思のいかんを問わず、占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は、占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情が証明されて初めて、その所有の意思を否定することができるものというべきである(最高裁昭和五八年三月二四日第一小法廷判決・民集三七巻二号一三一頁参照)。
2 そこで、本件においては、右の事実ないし事情が証明されたか否かを検討すべきことになるが、前記一1のとおり、控訴人は、本件土地は本件建物の敷地で本件買受地の一部であると信じ、昭和四九年一〇月二二日、本件売買契約に基づき本件買受地及び本件建物の引渡しを受けたものであるから、所有の意思がないものとされる権原に基づき占有を取得したとの事実を認めることができないことは明らかである。
次に、控訴人は、本件土地の占有を開始してから時効期間が経過するまでの間、真の所有者であれば通常とらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情が認められるか否かが問題となるが、以下に述べるとおり、そのような事情を認めることは困難であるから、控訴人が所有の意思を有していなかったと解することはできない。
(一) 被控訴人らは、盛三郎は、生前、控訴人に対し、本件建物が本件隣接地にはみ出して建っていることを指摘し、控訴人からそのことについての確認を得ていたと主張し、被控訴人光一は、盛三郎から控訴人との間において本件建物が本件隣接地に入り込んでいるという事実を確認したことがあると聞いていたと供述している。しかし、右は被控訴人光一の伝聞による供述でしかなく、控訴人が盛三郎との間において右の事実を確認したことを否定していることに照らすと、被控訴人らの主張事実を認めるに足る証拠はないというべきである。
(二) 被控訴人らは、被控訴人光一が一枝に対し、本件建物が本件隣接地にはみ出して建っていることを指摘した際、一枝は、本件土地が盛三郎の所有地であることを認めた上で、被控訴人光一に対し、本件土地を売るか貸すかして欲しいと述べていたと主張し、被控訴人光一も、この主張に沿う供述をしている。
しかし、控訴人は、被控訴人光一に対し、本件土地が盛三郎の所有地であることを認めたことはないと供述しており、被控訴人光一も、昭和五四年六月ころ、控訴人に本件建物が本件隣接地に入り込んでいると言ったところ、控訴人は知らないと答えたと供述している。そうすると、仮に、一枝が本件土地の所有者は盛三郎であることを前提に本件土地を売るか貸すかして欲しいと述べていたとしても、本件土地の占有者である控訴人が、本件土地の所有者は盛三郎であることを認めていなかった以上、占有者である控訴人において、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったということはできない。
なお、控訴人は、一枝が売って欲しいと言った土地は、別紙公図の四九一の土地(本件買受地)の東側水路の更に東側にある盛三郎が所有する同四八九及び四九〇の土地(これらが盛三郎の所有であったことは当事者間に争いがない。)のことであると供述しており、証拠(甲三の1ないし12、乙三、一一)及び弁論の全趣旨によれば、本件買受地の東側に水路があり、その東側に控訴人が使用していた小屋があったこと、その小屋の敷地は盛三郎が所有する別紙公図の四八九及び四九〇の土地であることが認められる。そうすると、控訴人が供述するように、一枝は、右の小屋の敷地の買取りを希望しその旨の申入れをしていた可能性があるから、一枝が被控訴人光一に対し、売るか貸すかして欲しいと述べていた土地が本件土地であると断定することはできない。
したがって、一枝の右の発言をもって、控訴人が本件土地につき所有の意思を有していなかったことを推認することはできない。
(三) 被控訴人らは、控訴人が盛三郎にお歳暮を贈っていた事実は、本件土地に対する盛三郎の所有権を認識した控訴人の承認に当たると主張する。
しかし、乙七によれば、控訴人ないし一枝が盛三郎宛にお歳暮等として贈っていた物は、油一缶、ビール一ケース、醤油一缶など、隣人間の社交上の儀礼程度のものであり、これをもって直ちに、控訴人が本件土地は盛三郎の所有地であると認め、それを無償で使用させてもらっていることの謝礼として贈っていたと解することは無理があるといわざるを得ない。特に、右の贈答の際、控訴人側から盛三郎に対し、どのような趣旨で贈ったかにつき具体的な説明があったわけではないし、控訴人は、前記(二)の本件買受地の東側の小屋の敷地を無償で使用していたことにつき、お歳暮等で感謝の意を表していたと供述していることに照らしても、本件土地を無償で使用していることの謝礼の趣旨で右の贈答がされたと推認するのは困難である。したがって、右の贈答は本件土地に対する盛三郎の所有権を前提とした控訴人の承認に当たるという被控訴人らの主張を採用することはできない。
三 争点3について
被控訴人らは、控訴人及び一枝は、盛三郎に対し、本件建物が本件隣接地にはみ出して建っていることを認めていたし、本件隣接地を使用していることの謝礼等の趣旨で盛三郎にお歳暮を贈っていたから、盛三郎が本件土地の所有者であることを認めており、したがって、本件土地の取得時効は中断されたと主張するが、前記二2のとおり、控訴人は本件土地が盛三郎の所有であることを認めていたということはできないから、時効中断事由である承認があったと解することはできない。
四 争点4について
時効の利益の放棄とは、時効の完成により利益を受ける者がその利益を受けないという意思を表示することであり、本件においては、時効期間経過後、控訴人が右のような意思表示をしたことを窺わせる事情を認めることができるか否かが問題となるが、前記第二、一5のとおり、控訴人は、三原の測量により、本件建物が本件隣接地に入り込んでおり、その面積が約七坪(本件土地)であることを知ったことから、正浩を介し、被控訴人光一に対し、本件土地の売却を申し入れ、その後は交換の交渉を進め、測量を行い、相互に交換する土地の面積を踏まえて測量図等を作成し、今後は境界を直線にすることを確認し、新たな境界と道路(県道)との交点に鋲を打ったものであり、被控訴人らが本件土地の所有権を有していることを前提として交渉に臨んでいたことが認められる。
しかしながら、控訴人本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、融資を受けた上で本件建物を取り壊し、本件土地を含む本件買受地上に建物を新築しようとしたところ、三原の測量の結果、本件土地は公図上本件隣接地にあることを確定的に知ったことから、やむなく本件土地の売却を申し入れ、その後、交換を前提に交渉に臨んだこと、控訴人は、三原が作成した測量図(乙二)のように交換することに反対したが、正治からそんなことをしたら長くなるからと言われ、不承不承交換の話合いを進めることを賛成したことが認められる。そうすると、控訴人が被控訴人光一に対し、被控訴人らが本件土地の所有権を有することを前提として交渉に臨んだのは、売買又は交換という円満な手続により所有権の範囲を確定させ、速やかに融資を受けて建替えを行うのが得策であると判断したからであり、右の交渉の結果合意が成立しなかった場合には、最終的に時効を援用して本件土地の所有権を取得することまで放棄していたものではないと推認することができる。また、控訴人は、最終的に本件土地の所有権のすべて又はその一部を、円満かつ早期に取得すべく交渉に臨んでいたのであって、本件土地の所有権の取得を断念する旨を明らかにするなど、取得時効の援用と相容れない態度を示していたわけでもない。さらに、本件のように、自己の所有地であると思っていた土地が他人のものであることが判明した場合、その土地を時効により取得したかどうかはしばらく措き、売買、交換という円満な手段により速やかに紛争を解決すべく、他人の所有権を前提に交渉に臨むことは、世上数多く見られることであるから、右のように交渉に臨んだことを、時効利益の放棄を窺わせる事情と評価するのは相当でないというべきである。
以上のように、控訴人の行為は、本件土地につき取得時効の利益を受けない旨の意思表示を窺わせる事情に当たるとは認め難いから、時効利益の放棄があったと解することはできない。
五 争点5について
被控訴人らは、控訴人から本件土地を売って欲しいとの申し出を受け、交換の話を進め、関係者の立会いによる数度にわたる測量を行い、実質的な成案を得ていたにもかかわらず、控訴人は、被控訴人光一が他の被控訴人らの同意を得るまで交渉を留保するよう申し入れるや、突然本件訴訟を提起し、取得時効を援用するに至ったものであるから、明らかに信義則に反しており、したがって、控訴人は時効援用権を喪失したと主張する。
確かに、控訴人は、交換の交渉がかなり具体的に進み、測量図面の作成や新たな境界を示す鋲の打込みにまで至っていたにもかかわらず、被控訴人光一と他の被控訴人らの遺産分割協議が成立していないことを知るや、交換の交渉を白紙に戻すに至ったものであるから、それまでの関係者の協力の成果に照らすと、適切な対応であったとは言い難いであろう。しかし、控訴人は、前記四のとおり、早期に建替えをするためには、本件土地が被控訴人らの所有であることを前提に円満な手段によって本件土地の全部又は一部の所有権を取得するのが得策であると判断して交渉に臨んでいたのであり、交渉が行き詰まった場合には最終的に取得時効を援用することを放棄していたわけではないし、本件土地の所有権の取得を断念するなど時効の援用と相容れない態度を示していたものでもない。加えて、控訴人及び被控訴人光一の供述並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人は、被控訴人光一が本件土地の所有者かあるいは処分権限を有している者と思い、同人を相手に交換の交渉をしていたところ、同人から、被控訴人らにおいて盛三郎の遺産分割協議をするのに時間が必要なのでしばらく交渉を留保して欲しい旨の申入れを受けたことが認められるから、早期かつ円満な解決のため交渉に臨んでいた控訴人が、早期建替えのためには交渉を継続するより本件訴訟を提起するのが得策と判断し、被控訴人光一との交渉を打ち切ったのは、その時点においてやむを得ない選択であったといえなくはない。
以上の認定を総合すれば、控訴人において交渉を打ち切り、本件訴訟を提起して取得時効を援用したことが、被控訴人らとの信頼関係を一方的に破壊するものであるということはできないから、控訴人が時効援用権を喪失したと解するのは相当でなく、また、控訴人の取得時効の援用が権利の濫用に当たると解することもできない。
六 結論
以上のように、控訴人の請求を棄却した原判決は不当であるから、これを取り消した上、被控訴人らに対し、本件土地につき昭和四九年一〇月二二日付け時効取得を原因とする所有権移転登記手続をするよう命じることとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・塩崎勤、裁判官・小林正、裁判官・萩原秀紀)
別紙
物件目録<省略>
図面<省略>
公図<省略>